約束の時間ギリギリに滑り込んだ先は手塚のオフィスだった。



「10分前集合が信条の君がめずらしいね」



そう静かに微笑んでゆったりとソファに寛ぐこの男性が打ち合わせの相手なのだろうか?
手塚とは違ったタイプの、繊細で中性的なハンサム。そしてやっぱり規格外。
もぅ・・・男のクセになんでこんなにキレイなの?とやっかみと
女性としての立場の無さに深いため息が出る。



「悪いな。取り込んでいたもので」



そう答えて私の肩を抱き寄せる。


ちょっとちょっと。
その台詞に、この素振りは在らぬ誤解を招くでしょう?!



「なんだ。言ってくれたら日を改めたのに」
「いや、そうもいかないだろう。お前だって忙しい身だ」
「なんの。愛しい君の為ならば例えこの身が忙殺されてしまおうとも尽くすよ?」
「どうせなら忙殺される前に尽くしてくれ」
「は〜もう!君って人は相変わらず可愛げがないね」
「そんなもの無くて結構。本題に入るぞ」
「はいはい」



気安いのか辛辣なのか分からない調子のままに打ち合わせに入った男たちは
ビジネスライクな雰囲気を最後まで漂わせることなく小一時間で仕事を終えた。
その間、私は彼らの話をBGMにして、手塚の机上に積み上げられていた
書類の仕分けとファイリングをせっせとこなした。
事務と雑務を担当していた女性が先週退職してしまったとかで
一週間分の仕事が山積みのままだった。
何が何処にあってどうなっているのかわからなくて困る、と
眉間に皺を寄せた手塚の困惑もわからないではないが
これは完全にこのオフィスの仕事だ。
確かに今は手塚のアシストが私の業務ではある。
でもウチの社と関係のない仕事をさせるなんて明らかに職権乱用だ。
抗議の一つもしたいところだけれど・・・
こんな風に手塚のオフィスで彼の仕事の一端に触れていると
また別の一面が見えてきそうで悪くない。
現に今、手塚と親しげで遠慮のない会話を交わすこの男性がそうだ。



「お見知りおきを」



そう微笑んで右手を差し出したこの人は不二周助と言って
手塚とは中学生からの親友でIT関連の仕事をしている傍ら
フリーのカメラマンをしていると紹介された。



「違うよ!手塚。 カメラ業の傍らにITの仕事してるんだってば」
「そういう事はカメラの腕一本で食べていけるようになってから言うんだな」
「ひっどいなあ」
「事実を言ったまでだ」
「君さ、本音とたて前って言葉、知ってる?」
「何だ、たて前で話して欲しいのか?」
「時と場合によっては」



そう言って不二は私と視線を合わせた。



「特に女性の前では、気を利かせて欲しいよ」


ね、と小首を傾げてウインクした不二に思わず鼓動が跳ねた。



「ITなんて言われるより、アーティストだと紹介してもらいたいよ。ロマンテッィクだろ?」
「そういうものか?」
「そうなの!女性はね、夢を追う少年のような気持ちを持った大人の男にロマンを感じるの!」
「彼女の前で気取っても無駄だぞ」
「そんなの、やってみなきゃわからないよ?ね、カノジョ?」
「・・・はぁ」



「不二」 と嗜める口調で手塚が不二を呼んだその時、手塚の携帯の呼び出し音がなりだして
彼は 「悪い」 と小さく呟いて私達から少し距離を置いて携帯を開いた。
それとは逆ににじり寄るように私との距離をつめた不二は私に椅子を勧め
自分も私の左側に腰を下ろした。



「カノジョ、名前は?」
です」
「お仕事は?」
「NAL航空に務めてます。えっと・・地上勤務ですけど」
「NALって・・・ああ!それで手塚と」
「はい、まあ」
「地上勤務かぁ。残念だな。君が客室乗務員ならどんどん飛行機に乗るのに!」
「ぜひ乗ってください。当社の乗務員は私など足元にも及ばない素晴らしい人材ばかりです。
快適なフライトをお約束いたします」
「へえ。悪くないね。そういうアシライ方。もしかしてさんって、広報担当かなにか?」
「いいえ。私は人材開発が主な業務です」
「人事畑か。優秀なんだ。大学はどこ?何を専攻してたの?」

「不二、そのくらいにしておけ」



電話を終えた手塚が戻ってきて、私の右側に座り左手が私の背凭れに置かれた。



「なんで?」
「これ以上をリサーチしても無駄だ」
「どうしてさ?」
「彼女は売約済みだ」



へえ?!そうなの?と感嘆の声を上げた不二の驚いた瞳が私へと向けられた。
そうなの?と言われても・・・
どう応えていいものかと戸惑ってしまった私は曖昧に笑うしかない。



「でもさ、売約ならキャンセルの可能性もあるでしょ」



そんな可能性があるかないかなんて、売約されたらしい私に分かるわけがない。
そういうのは売約したらしい本人に聞いてもらいたい、と視線を手塚に向けた。



「それはない。絶対にな」
「絶対?おかしいな。そんな事、どうして君が言い切れる?」
「買い手は俺だ」
「は〜ん、そんなハッタリは効かないよ?君がNALに出向いたの、今日が初めてじゃん。
彼女と会ったのだって今日が初めてだろ?」
「いや、との初めては今日じゃないんだ。な?」



な?と振られても・・・。
確かにそうでも、初めての出会いがあんなだっただけに返事に困ってしまう。
もう私の事はいいから!と思っても言えず、やっぱり笑って誤魔化すしかない。



「手塚。部下に自分に都合のいい回答を強いるの、よくないよ。セクハラだよ?」
「何がセクハラだ」
「いいんだよ?さん。いくら手塚と一緒に仕事してるからって無理に話をあわせなくても」
「あ、いえ、そういう訳じゃないんですけど・・」
「不二!もういいだろう。が困ってる」
「ズルいよね、君は!いつもそうやって大人ぶってカッコつけて」
「格好って、あのな・・・不二」
「ナンだよ?」
「この際、はっきり言っておくぞ。彼女には手を出すな」
「何の権限があってそんな事を!」
「彼女は…は俺の女だ」
「は?」
は俺の女だ」
「ウソ!?」
「嘘じゃない」
「君に聞いてないよ。彼女に聞いてるの!」
「えっ?!」


ここで「はい。そうです」とケロッと答えられる度胸があれば
私の人生はもっと変わっていたかもしれない。もっと出世して、恋にもポジティブで。
でも言えなかった。恥ずかしさと照れが先に立って居た堪れなくて
口篭りながら俯いてしまった私の肩をふわりと手塚の左腕が抱いた。






え?と小さく答えて顔を上げると顎をくいっと持ち上げられて唇が重なった。


「っ・・・!」


不意打ちの予期せぬキスにうろたえて目を閉じることも抗うこともできず
されるがままでいた私は、彼の舌先が触れ合う唇の間に滑り込んだその感触に
ようやく正気に戻った。
他の人が間近で見ている前でディープキスをするなんてあり得ない。
恥ずかしすぎる・・・!と体を強張らせ捩って抵抗してみたけれど
此処がどこで今がどういう状況なのかを承知しながら
あえてこういう事をしている手塚の戸惑いの無い力に深く抱き込まれてしまっては
咄嗟の思いつきでしかない非力な抵抗など効果は無く
観念した私はきつく目を閉じて彼に体を預けた。



「わかった。わかったから!もういいよ」



その声に名残惜しげな小さな音を立てて私から離れていった手塚の唇。
薄く残るルージュが淫靡な彩りを添えているようで、私の羞恥をさらに掻きたてた。
焦ってそれを指で擦り取ると、その指を手塚が捕らえて微笑んだ。



「気にしなくていい」
「でも」



その甘やかな視線の中にも私を捉えたままで指先にキスをした。 
逸らされることの無い視線と艶めいた仕草に体が熱くなってしまう。



「どうせすぐまた・・・な?」
「そんな・・・」



また返事に困る恥ずかしい事を。
今日の朝の突然過ぎる再会から今まで、この男に振り回されてばかりだ。
私はどうにも男に振り回される星の下に生まれた気がする。
でもそんな運命も相手がこの手塚国光という男なら悪くないと思う。
振り回した挙句、放り投げるのではなく、この人はきっとしっかり抱き留めてくれる。




「・・はい」




愛しげに何度も私を呼ぶ彼の声に陶酔してまた寄せられる唇に、目を閉じた。



「ちょっとちょっとー。ボクがいること忘れてない?」
「・・なんだ。まだいたのか?」
「まだって・・・!あんまりだよ、それ」
「もう帰っていいぞ。用は済んだ」
「はいはいはい、わかりました。お邪魔虫は退散するさ。後はお好きにどうぞ」



やってらんないよ、と呆れたように首を振りながら
こちらに背を向けたまま小さくバイバイと手を振って出て行った。



「いいの?」
「ああ」
「ちょっとやりすぎじゃ・・・」
「いや、このくらい牽制しておかないと後が厄介だからな」
「厄介、ね・・・」
「何が言いたい?」
「いえ、別に。何も」



アナタも相当厄介ですけど、とは思っても言える筈もなく
類は友を呼ぶというのは本当だと苦笑いをして
掴まれたままでいた手を解こうとしたら、さてと・・・と呟いた手塚に
逆に掴みなおされ強く引かれて、私は彼の膝の上に引きずり上げられた。



「なに?!」
「邪魔者もいなくなったことだし・・・」



ニヤリと笑って眼鏡を外した手塚の瞳の奥に宿る妖しい色に胸騒ぎがした。







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