「場所を変えよう」という彼の提案に異論などあるはずもない。
はじめまして、で始まるまどろっこしいプロセスも必要のない
その場限りの恋の行方は一つしかない。



手馴れた風に部屋を取り、ドアを閉めた途端
そのドアに押し付けられるように抱きしめられた。
「痛い」 と小さく声を上げると 「待ちきれなくて…」 と雰囲気たっぷりに耳元に囁いた男の
重ね合わせた唇が熱く猥らに私を乱す。
はらはらと落ちる花びらのように甘く色づく吐息が零れる合間に問う。



「…ねえ…っ…名前…」
「ん?」
「…名前…呼びたい」



ワンピースのジッパーと肩を落とし、露わになった胸元に唇を這わせていた男が
顔を上げ、視線を合わせた。



「好きに呼んでくれ」



なるほどね。素性は明かさないという事か。
何とも上手くかわされた、と思わず小さく笑った私に
「余裕だな」 と微笑みかえすと腕を引き、投げるようにベッドへ転がされた。



ランジェリーとストッキングだけの姿をじっと見つめられると
そのためでもあるランジェリーなのに、恥じらいがこみ上げてくる。
見られたいのに見られたくない。
そんな思いを隠すように交差させた腕で顔を覆った私を見て
小さく笑った彼がするすると慣れた仕草でブラとショーツを脱がし
ガーターに軽く指を這わせながら楽しげに声を上げる。



「これは外し方がわからないから、このままだな」



う そ つ き。



その一言が声にならなかったのは膝を抱えられ大きく開かれ
ガーターで吊られたストッキングと脚の付け根との間の柔らかな肌を甘咬みされたせい。
熱く潤み溢れそうになっている場所にいきなり指を入れられて
突然の刺激に一瞬背中が浮いてしまう。



「いや…ぁ」
「いや?」
「ん…やめ…てぇ」
「やめる?」



私の喘ぎを疑問形で繰り返えすなんてずるい。それがさらに私を煽る。
内と外、両方からゆるゆると巧みに愛撫する指先。
チリチリとした痛みさえ感じるほど尖った胸の先を咥えて転がす舌先。
最も敏感な場所に止む事なく与えられる刺激は
凶暴なほどの快感とともに私を翻弄する。もう何も考えられない。

欲情の頂点へ上りつめて、快楽の深みに堕ちる。

それを何度も繰り返した後でようやく待望の男の熱を与えられた頃には
私はもう甘美な快楽の亡者でしかなかった。
感じていることすらわからなくなるほどに。




* * *




遠くで弾けるような水音に、泥の様に覆い被さっていた眠気が押し流された。



…シャワーの音?



朦朧としたままのろのろと意識が浮上するままに任せていたら
ふわりと温かな感触が髪を梳き始めた。



「気持ち、いーい…」
「そうか?」



くすりと笑ったその声にまた身体の奥が小さく疼く。この声、すごく好きだな…。



「よく眠っていたから、起こさないつもりだったんだが…」



ああ、そうか。そうよね。
行きずりの関係、なんてそんなもの。
お互い楽しむだけ楽しんだら、それでお終い。後腐れはルール違反。



「…いいわ。わかってる。もぅ…行って?」
「ああ、残念だが、そうさせてもらう。君はゆっくりしていけばいい。何なら泊まってくれてかまわない」



チェックは済ませておくから、と額にキスが落とされる。
それがアフターケアだとわかっていても、少女の頃のようなときめきを覚えてしまう。



「いいから…早く行って」
「随分とつれないじゃないか」
「お願い。優しくしないで。でないと私…」
「 『私』 はどうなる?」
「…どうにもならない」



寝返りを打ちベッドの端に座る男に背を向ける。



「そうか。残念だな」



首の後ろと背中に一つずつキスを落とした男が立ち上がる気配がする。
これで終わりだ。この人はもう行ってしまう。
分かっていたはずなのにこの胸が締め付けられるような寂しさは何なのだろう。



「でも…どうにかなった時には、教えてくれ」



男は私の胸元を覆っているシーツの間に小さな紙片を滑り込ませると
「待ってる」と耳元に囁いて、甘さの足りない香りを残して部屋を出て行った。



胸の谷間から抜き取った紙片には「手塚国光」の名前と
「OFFCE:K」と書かれた番号はおそらく勤め先なのだろう。
その下に携帯の番号が並ぶ。



好きに呼べって言ったくせに。



バカね、と嘲笑して胸に抱いたその紙片は
今も大切に自室のデスクの引き出しにしまってある。
繰り返される平穏なモノクロの日常の中で
そこだけがぽっと色づいたように見える。
疲れた気持ちが癒されるようで何だか嬉しかった。
それだけでよかった。
だから処分することができなかった



でもそれはこの日の為の予感だったのかもしれない。



『 ○月○日 成田着 NW×××便 』 


要点だけを知らせてきたアイツのメールは
私の怒りなどまるで気にとめてもいない不遜さを感じて
すっと心が冷めていくのが分かる。
何をしても私が離れていくことはないとでも思っているのか。
そんな態度が嬉しい時も確かにあった。
でも今はその自信と傲慢さが気持ちを凍てつかせる。


私を熱く駆り立てるのはもうアイツじゃないのかも・・・



何かに突き動かされるように私はデスクの引き出しに手をかけた。






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